一般的によく言われている「大卒は高卒よりも生涯賃金が高い」という話は半分誤解であり、高卒で就職した場合の収入面でのメリットについて、前編でお伝えしました。
では、なぜ、高卒就職の希望者は増えないのでしょうか?現在、高卒者の就職にどのよう問題や課題があるのか、高卒就職・採用における5つの問題と改善の方向性を整理しました。
高卒就職の希望者が増えない理由
1.「高卒は能力が低い」という偏見と学歴差別がある
「受験勉強しないで安易に就職した」「頭が悪いから大学に行けなかった」などの見方をされるなど、「高卒=能力が低い」という偏見は社会の中でまだ根強いです。また、高卒と大卒のキャリアパスを完全に分け、「高卒=ブルーカラー」「大卒=ホワイトカラー」と分ける人事制度をとっている企業も大企業を中心に多いです。多くの保護者や学校は、こうした偏見や差別を受けないようにと大卒に促します。
ただ後述するように、これらは企業側の偏見や錯誤が重なり、そのような現実になってきたというだけで必然ではありません。高卒の可能性に気づき、制度を整えてきたらこれも変わっていく可能性があります。
2.高卒で選ぶことができる仕事が限られている
高卒からの就職では、大学での学修を必須としている資格が必要な仕事をはじめ、選択できない仕事があります。また、大手企業の総合職などは、高卒採用をしていない企業がまだ主流です。
ただ、この状況も少しずつ変わってきており、選べる仕事は増えています。高卒人材へ認識が変わり、高卒の採用方法の理解が深まれば、さらに広がるでしょう。
また、18歳の時点で選べる範囲が狭いというだけで、高卒で働き、職務経歴で実力をつければ、転職の段階での選択肢は広がります。中小企業で育った有能な技術者が大企業に転職、また、その逆の事例も増えています。
また、学びたい、身につけたい専門をみつけた時点で、通信制等の大学や社会人枠がある大学で学位を習得する「大学後付け」の道をとり、闇雲に大学にいき無駄な投資になるリスクを避ける方法もあまり知られていません。
3.高卒採用の仕組みが硬直化しており、ミスマッチが起こりやすい
高卒は昭和の時代から続く「一人一社制」など、大卒採用に比べて、選ぶ期間や機会が不十分で、ミスマッチが起こりやすい仕組みになっています。今、大卒採用の就職協定を廃止で大騒ぎになっていますが、高卒採用の仕組みは比較にならないぐらい厳格。破ると、ハローワークから注意をうけ、最悪高校の求人リストから締め出されるリスクもあります。
こうした「一人一社制」を問題視する論調もありますが、高校の教育現場を鑑みたとき、なくすことのほうがデメリットが大きいと考えます。問題の背景は、高校の3年間の中で、就職に対して、大学進学と同程度に、自己選択するための情報や機会が不十分な環境になっていることで、1年時からのインターンシップ等のキャリア教育の充実でこれも改善可能です。
4.高卒は離職率が高い
個人と企業のミスマッチは、早期離職を引き起こします。3年以内離職率のデータ(2014年度3月)では、高卒40.8%、短大等卒41.7%、大卒32.2%と、高卒者の離職率は大卒者よりも高い。
ただ、この差は大卒の離職率アップで年々縮小傾向にあり、きつい現場の仕事が多い割には、大卒と大きな差はないとも言えます。ミスマッチが減り、社員教育の機会が充実すれば、必然的に離職率も改善します。
5.高卒を採用し、育てる環境や教育システムが不十分である
大卒に比べて、高卒の新入社員に対して、入社後の研修機会などが乏しく、中小企業も多いため、研修がOJTのみに偏る環境に置かれやすい。高卒の素直で柔軟な素質を引き出すための研修システムを持っていない企業がほとんどです。
これも、高卒の潜在能力を理解し、必要な人事制度を整えていけば、今の大卒を上回る視野の広さや、パフォーマンスを発揮する可能性は十分にあります。
以上の通り、5つの問題と改善の方向性を述べましたが、高卒と大卒を同じ土俵で比べていることから、そもそもの間違いがはじまっています。
高卒と大卒を比べることが、そもそもの誤り!
もし、中学生と高校生を比べて「高校生の方が、計算能力が高い」とか、小学生と中学生を比べて「中学生の方が、体力がある」などと述べたら、「なんでそんな比較するんだ」と思いますよね。しかし、大卒と高卒については、18歳と22歳を比べて、「高卒は能力が低い」「高卒は未熟だ」などの比較論が語られています。
本来であれば、18歳で職業を選び、4年間キャリアを積んだ22歳と、大学で4年間過ごした22歳を比べなければ、本当の可能性は見えてきません。
以下の図をみていただければわかるように、採用目線でみてしまうと「これまでの見方」のように、その時点での人材の完成度だけに目がいってしまいます。しかし、本来であれば、「これからの見方」のように、4年間の職務・社員教育を通してどうなったか、22歳の時点で比較すべきです。
この視点から考えると、もし、同程度のレベルの人材がいて、4年間の職務と社員教育をした場合と、4年間の大学生活をした場合で、どちらの環境の方が22歳の時点で成長があるか、本来ならそこで見るべきなのです。
また、高卒への偏見を強める要素に、中学・高校の進路指導における就職の位置づけがそもそも低いため、必然的に高卒就職を選択する母集団が学力偏差値の成績が低い層となることや、家庭の経済状況も相対的に悪い層にもなり、教育環境に恵まれていないこともあります。
「高卒は能力が低い」「早く辞める」などは、社会的システムが誤ったフィルターをかけ、何も手が打たれていないために生じており、本来の可能性を引き出されていない点に気づくべきです。裏を返せば、しっかりと手を打てば、ここには新しいイノベーションの可能性があるということです。
19歳~22歳の「社会的ゴールデンエイジ」を活かす道へ
高校卒業後の19歳~22歳は、素直で様々なことを吸収する力がある期間です。同じ4年でも23歳からの4年と比べたら、その吸収力は比較になりません。この期間を「社会的ゴールデンエイジ(※1)」と呼んでもいいか思います。
この社会的ゴールデンエイジを、ジョブ(仕事)を通して成長するか、アカデミック(大学)で成長するかの選択の違い。もし、自分がプロとして活躍したい分野が決まっているなら、医者や看護士、弁護士、教師など学位取得がプロになる前提でない分野を除き、社会的ゴールデンエイジをプロの世界で使った方が能力は伸びます。
すなわち、大学生より4年早くリアルな社会に出て揉まれるメリットを活かせるかどうか。採用側からみれば、素直で吸収力のある人材をどう育てるか、という視点です。
プロ野球の世界では常識で、すでに18歳の時点で潜在能力が顕在化した選手はドラフトにかかり、メンタルも含めた厳しいプロのトレーニングと、二軍、一軍のプロの試合のOJTを通して、プロ野球選手に育てていきます。
今、大リーグで活躍中の大谷翔平選手を例にあげれば、彼はこのゴールデンエイジを大いに活かした選択だったといえます。そのため、23歳ですでに4年のキャリアがあり、大リーグにキャリアアップしたといえます。プロとしての能力だけでなく、土台となる人間性、社会性もしっかりしているため、アメリカでも高く評価されています。
大谷選手を「高卒」と揶揄する人は誰もいません。それどころか、高卒でプロの世界に入れるのは「エリート」です。今年、甲子園で活躍した金足農業高校のエース、吉田輝星選手が、大学かプロか、の選択で迷っているようですが、もし、吉田選手の目標がプロ野球選手であるならば、迷わずプロを選ぶべきです。
社会的ゴールデンエイジの使い方次第で、人の成長は大きく加速する
こういう見方や育て方は、プロ野球やプロスポーツの世界だけにとどまりません。「大卒信仰」は、このゴールデンエイジの使い方を「大学の方が成長できる」と無意識に多くの人が信じ、捨ててしまっている点が大きな損失なのです。
これからの社会は、スピードと高度な技術が新たな価値を生み出す社会です。その時代では、素直で柔軟なゴールデンエイジは大きなアドバンテージ。そのアドバンテージを活かし、ダイナミックで緊張感のある現場の中にとびこむ若者、そして、その若者を育てていく工夫や環境を構築した企業が大きなメリットを手にします。
新しい時代の高卒就職「高卒プロキャリア」へ
私達は、新しい時代には、新しい高卒就職の価値の再定義が必要と考え、「高卒プロフェッショナルキャリア(以下、高卒プロキャリア)」を提唱しています。
高卒プロフェッショナルキャリア(高卒プロキャリア)
高校を卒業後、18才で「働く」ことを選択し、「仕事」とともに「人間性」・「社会性」・「職務能力」の成長を志向し、真の「プロフェッショナル」をめざす道。
「高卒プロフェッショナルキャリア」を活かす社会に変えていくには、高卒採用や育成のみならず、高校の教育現場、ひいては中学校の進路指導から少しずつ変えていくことが必要です。これは、単なる夢物語でもなく、具体的で実行可能なものになってきました。次編では、その点についてお伝えします。
※1:社会的ゴールデンエイジ:通常、「ゴールデンエイジ」というと、スポーツなどの技能を身につける上での、能力が著しく伸びる年齢の期間として使われていますが、この場合は、ある社会に入り、その社会で生きていく能力等が著しく伸びる、素直で吸収力のある年齢という意味で使用しています。
一般社団法人アスバシ代表理事。NPO法人アスクネット創業者。学校と地域をつなぐキャリア教育の普及と、キャリア教育コーディネーターの仕事を提言し、仕組みをつくりだしてきた。現在は新しい時代の高卒就職「早活」と、働きながら学ぶキャリア「アプレンティスシップ」を推進。