(筆者の運営するスクールで実施した外国人保護者向けのガイダンス。日本の小学校について制度や持ち物などを多言語で説明した。)
2016年末、日本で暮らす外国人は、238万人に上りました(法務省)。これら在留外国人のうち、半数以上が永住・長期滞在が可能な資格を有し、日本国内で長く暮らしていくことを希望しています。日本で長期に暮らす海外出身者の増加は、こうした方々の日本における結婚、妊娠・出産、子育てなどの機会増加にもつながります。
親と共に、日本で成長著しい大切な時期を過ごす外国にルーツを持つ子どもたち。それぞれの年代別に、どのような課題に直面しているのでしょうか?まずは、外国人保護者が子育てをする際の課題についてみていきましょう。
外国にルーツを持つ乳幼児は増加している
日本は、少子高齢化が進んでいますが、外国にルーツを持つ乳幼児の数は、増加を続けています。以下のグラフは、2012年から2016年の外国籍の乳幼児の数の推移を表したものです。わずか5年間で、外国人の赤ちゃんと幼児が17,000人以上も増えていることがわかります。
その数は、割合としては高くはありませんが、地域によっては、産院や自治体の乳幼児健診、保育園や幼稚園などの場で、「外国人保護者の乳幼児と出会ったことがある」「日常的に接触があり大変だ」という方も増えているのではないでしょうか?
【実例1】水で溶いた粉ミルクを夏場に何時間も持ち歩いたAさん
日本で妊娠・出産を経て、初めての子育てに挑むAさん。Aさんには、日本人の配偶者がいるものの、子育てに協力的ではないことに加え、同国出身者同士のつながりもなく、孤立状態にありました。
ある日、Aさんの赤ちゃんは感染症にかかり、入院・治療することになってしまいました。その原因となったのが、水道水で溶いた粉ミルクが入った哺乳瓶を、夏の炎天下で何時間も持ち歩き、生後数か月の乳児に断続的に与えていたということでした。
Aさんのような外国人保護者の方々は、日本という言葉の通じない、文字を読むこともできない外国生活の中で、妊娠と出産を乗り切り育児をしなくてはなりません。情報源が限られる、孤立した状況下での子育ては、母子ともに、心身に不安とリスクを伴います。
【実例2】保育園でのアドバイスが元となってわが子との共通言語を失ったBさん
Bさんは、中学生のお子さんを育てるシングルマザー。子どもが小さいころ、保育園の保育士さんに「日本語が上手でないため、お友達とうまくコミュニケーションが取れていない。お子さんの日本語が早く上達するように、家でも日本語で話しかけてあげてください」と言われました。
それ以来、Bさんは、家庭内の言葉を、母語から日本語に変更し、あまり上手ではない日本語で子どもを育ててきました。子どもが小さなころは限定的な日本語力でも、子どもとなんとかコミュニケーションをとることができていましたが、子どもが成長するにつれ、わが子の話す日本語がわからなくなってしまいました。
また、お子さんも日本語が上手になってゆくのと引き換えに、Bさんの話す母語を理解できなくなり、今ではごくごく簡単な日本語の会話以外、共通言語を失ってしまいました。
まずは、「伝わる」情報提供が第一歩
このお二人のケースでは、もし彼女らが正しい知識や情報と出会う機会があれば、こうした事態を防ぐことができたかもしれません。外国人保護者の妊娠・出産から子育てを支えるために、まずは正確な情報を伝わるように伝えることが大切です。
とは言え、言葉の壁が立ちはだかる中で、どのように情報提供をしたらよいのでしょうか。実は、現在すでにいくつかの自治体や支援機関等によって、必要な文書が多言語に翻訳され、インターネット上で無料公開されています。
そのうちの一つが、公益財団法人かながわ国際交流財団が制作・公開した「外国人住民のための子育て支援サイト」です。
サイト上には、妊娠・出産から小学校入学までの流れをわかりやすいイラスト、6つの言語で解説した「外国人住民のための子育てチャート」、保育園での生活や持ちものについて詳しく解説したパンフレット(9言語)など、すぐに活用できる資料が無料で提供されています。
また、公益財団法人予防接種リサーチセンターには、予防接種について詳しく解説した外国語版のパンフレット(5言語)と予診票(14言語)が公開されており、一般財団法人自治体国際化協会のサイトでは、妊娠・出産、育児だけでなく、日本の生活にかかわる制度をわかりやすく解説してあります。
これらのサイトの他にも、外国人の子育て支援に必要な多言語情報やツールが少しずつ開発され、公開されはじめていますが、こうしたサイトでは、多言語で書かれた情報にたどり着くまで、日本語のリンクを何度かクリックしなくてはならなかったり、検索してもヒットしづらいなど、必要な人に届きづらいことが少なくありません。多言語情報を当事者へ「橋渡し」できる人がいかに増えるかが課題となっています。
まわりにいる私たちこそが、正確な情報を学ぼう
(筆者の運営するスクールで実施した新1年生を対象としたプログラムの様子)
保育士さんの「善意のアドバイス」により、わが子との共通言語を失ってしまったBさんのようなケースは、残念ながら後を絶ちません。
日本語で子どもを育てた家庭のすべてがこうした状況に陥るわけではありませんが、特に乳幼児期の言葉の発達は、その後の子どもの成長にも大きな影響を及ぼすことから、外国人保護者が正確な情報を得たうえで、家庭の中で何語をどのくらい使用するかを選択できるよう支援をしたいところです。
子どもの母語発達については、「関西母語支援研究会」のウェブサイトに詳しく書かれており、また、簡易情報が7言語に翻訳されていますので、ぜひ、参照してみてください。
外国にルーツを持つ子どもたちが、日本の社会の中ですくすくと育っていくためには、外国人保護者が安心して子どもを育てられる環境の整備が重要です。日本国内には、現時点で外国人のために特別に用意された支援機関は、とても限られています。また、そうした専門機関が今後、増えていくのかどうか、見通しは立ちません。
こうした状況下において、まわりにいる私たちこそが適切な情報や資源の仲介役として、積極的に行動していくことが求められています。
Author:田中宝紀
NPO法人「青少年自立援助センター」定住外国人支援事業部責任者。1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する「YSCグローバル・スクール」を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。現在までに35カ国、750名を超える子ども・若者を支援。日本語や文化の壁、いじめ、貧困などこうした子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2019年度、文科省「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」委員。
著書:海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ
外国にルーツを持つ子どもたちをご支援ください!
YSCグローバル・スクールは原則として保護者の方よりいただく受講料で運営されていますが、スクールでのサポートを必要とする外国にルーツを持つ子どもたちのうち、約30%が困窮・外国人ひとり親世帯に暮らしており、経済的な負担が難しい状況です。こうした子どもたちが経済的な格差により日本語教育や学習支援機会へのアクセスが閉ざされてしまうことを防ぐために、「学内奨学金制度」を設置しております。
ぜひ、日本に生きるすべての海外ルーツの子ども達が安心して学び、日本社会へ巣立つことができるよう、プロジェクトへのご協力をお願いいたします!